奄美大島の哺乳類を研究する団体
「あほ研」の公式サイトです。
 
 

■ 奄美哺乳類研究会について

  奄美諸島には、地球上でここだけにしかいない生き物がたくさんすんでいます。 これは、この島がきわめて古い時代にできあがり、海に隔てられていたためと考えられています。 奄美を含む琉球列島はその昔、大陸と地続きでしたが、氷河期が終わり、海面上昇で島となりました。大陸では滅んでしまった動物も、競合する生き物や天敵の少ない環境の中で、独自の進化を遂げ、今の時代まで生き残ってきたのです。 奄美に生きる私たちヒトの祖先もまた、島の環境に適応して暮らしてきました。

  しかし、近年になって、人間本位の考え方が、多くの生き物の生活を脅かし、絶滅の危機に追いやっています。 このような中で、奄美の自然に危機意識を持った人々が集まり、1989年、奄美哺乳類研究会が結成されました。現在、正会員21人、賛助会員100人が加入し、奄美の野生生物に関する調査・研究・啓蒙を進めています。 奄美の哺乳類をはじめとする野生生物について、科学的にデータを集積し、それらを当ウェブサイトや会報誌「チリモス」で伝え、奄美の自然の大切さを多くの人に知ってもらいたいと思います。また、そうした科学的なデータから、奄美の自然を保護していくために、何をすべきか検討・提言してききたいと思っています。

■ 奄美哺乳類研究会の歩みとマングース

◆1949年
  WWFJ(世界自然保護基金日本委員会)の「南島におけるマングースの定着に関する調査」(1989年)で、米軍がハブ対策として名瀬市小湊に放したという説。以降30年間は確実な目撃情報はない。
◆1978〜80年
  民間業者がハブ対策として計30匹のマングースを赤崎山付近に放す。
◆1981年頃〜
  名瀬市朝仁、赤崎の西側一帯でマングース確認の情報。(※1)奄美少年自然の家(赤崎)では、開所(1979年)前後は1匹も見られなかったが、80年ごろから目につくようになったという。(関係者の話)
◆1983年
  1月 地元新聞にマングース「活躍」の記事。『赤崎山一帯のハブの減少もマングースの増加が原因と見られている』
  2月 会員が地元新聞の投書欄でマングース繁殖の危険性を指摘。ルリカケスの被害を例に生態系の破壊や、沖縄の例からマングースがハブを補食していない事も報告。
◆1984年頃〜
  小宿、知名瀬でマングースが見られるようになる。(※2)
◆1988年
  11月 奄美哺乳類研究会が奄美大島のマングースに関する聞き取り調査を実施。(※1,2の情報が得られる)
◆1989年
  2月 地元新聞がマングースを「外来種」として報道。市街地に面した塩浜・長浜・平田町などでの目撃情報、養鶏農家の被害状況を報告。
◆1989年
  8月 奄美哺乳類研究会(奄ほ研)が正式発足。活動としてマングース調査に着手。
◆1990年
  2月 WWFJの依託を受け、「奄美大島におけるマングースの定着に関する調査」の中間報告をまとめる。ルリカケスのひなの被害例も
  5月 奄ほ研会報誌『チリモス』発刊。
◆1991年
  6月 環境庁(当時)が自然環境保全審議会野生生物部会に鳥獣保護事業計画の基準見直しを諮問し、答申を得る。マングースやイタチなどの放獣による有害動物駆除はより慎重な対応を求める。
  7月 名瀬市金作原原生林でもマングースの生息を確認。大島支庁で発表記者クラブで発表。
◆1992年
  2月 ブラジルの地球サミットで締結された生物多様性条約に、生態系を脅かす外来種の侵入防止と制御、撲滅が盛り込まれた。奄ほ研会員も出席。
  9月 独自にマングース食性調査を実施。主食は昆虫で、ヘビ類はごくわずかしか補食されていないことが判明。
◆1993年
  6月 農作物への被害で、名瀬市が環境庁(当時)にマングース有害駆除許可を申請。
  9月 名瀬市の依頼で調査し、生息数は数万から10数万匹と推定。
    [1]マングースの生息密度による推定
    [2]性比、平均寿命、出産率などの推定値から作成した生命表による推定
の2種類の方法で行い、1990年度は[1][2]とも1万7千匹前後、1993年度には10万匹余り。10万匹が生息し、これまで同様の増加が見込まれると仮定すると、今後毎年5万4千匹以上捕獲しないと減少しない。と報告。
環境庁(当時)が名瀬市の有害鳥獣駆除を許可。国内初。期間は6ヶ月、1000匹まで。
◆1994年
  名瀬市が有害鳥獣駆除開始。農作物被害の報告を受けて狩猟免許(甲種)取得者に依託し、1頭2200円で買い上げ。
◆1995年
  5月 大和村がマングースの有害鳥獣駆除開始。 アマミノクロウサギ、ケナガネズミの調査研究を開始。 会員が「アマミノクロウサギ」講演。
◆1996年
  鹿児島県が有害鳥獣駆除の買い上げに1匹900円の補助。(頭数制限あり)
  10月 沖縄県で「島しょ地域の移入種駆除・制御モデル事業」第1回調査検討委員会。事業の推進方策など協議。奄ほ研から2名が検討委員に。
◆1997年
  2月 環境庁が奄美大島で「島しょ...」の捕獲調査開始。
  10月 「島しょ...」の捕獲調査開始。
◆1998年
  1月 皮膚病イノシシから疥癬症の原因虫であるヒゼンダニを検出。リュウキュウイノシシの生息状況と皮膚病について猟友会会員(312人)にアンケートと聞き取り調査を実施した。
  4月 奄美大島7市町村で「奄美マングース対策協議会」発足。農作物被害や在来希少鳥獣の保護についての情報交換や、国・県へ駆除活動助成拡大を働きかける目的。 住用村がマングースの有害鳥獣駆除を開始。
  8月 マングースに発信機をつけて行動範囲や活動パターンを解明する調査を開始。「島しょ...」の一環。
  11月 日本哺乳類学会が「移入哺乳類の緊急対策に関する要望書」を須賀龍郎鹿児島県知事に提出。奄ほ研から2名が同会員として尽力。
◆1999年
  8月 (財)自然環境研究センターが大島地区行政懇談会で「マングース調査事業に係る中間報告」と題して講話。「奄美大島のマングース根絶は、今なら可能」としてアドバイス。 奄美希少野生生物保護増殖分科会。(座長・小野勇一九州大学名誉教授)奄ほ研から2名が委員に。 環境庁野生生物保護対策検討会・移入種対策分科会。(座長・小野勇一九州大学名誉教授、委員6人)本格的駆除の早期着手申し入れなど決める。奄ほ研から3名が委員に。
  12月 環境庁が本格的駆除に向けた学術捕獲(4ヶ月間)を開始。自然環境研究センターの希少種保護事業。奄ほ研も駆除に協力。
◆2000年
  4月 環境省奄美野生生物保護センターが大和村にオープン。1996年度から行った「駆除モデル事業」の成果を報告。種はジャワマングースで、生息域は名瀬市を中心に島内全域に。また計画を1年早め、2000年度から集中捕獲を開始へ。
  10月 自然環境研究センターが希少種保護事業。奄ほ研も駆除に協力。 会員が『マングースとハルシオン』を著す。
  11月 リュウキュウイノシシ生息調査を実施。
◆2001年
  2月 国際自然保護連合の移入種専門家会議がニュージーランドで開催される。奄ほ研会員も出席。 奄美の森林の状態と、生息する鳥類の関係について15年前と比較調査。 奄ほ研総会で会長交代。当面の計画など決める。
  3月 奄ほ研主催、仲谷淳・信愛大学教授の講演会『イノシシのお話』
  6月 大和村が野生生物保護条例を制定。対象は環境省レッドリスト掲載の97種。自然保護に対する意識啓発を目的に、保護区内の動植物の捕獲・採取を禁止する条例が村議会で可決される。
  7月 環境省が報奨金を1匹4000円に引き上げ。駆除従事者資格を緩和し、狩猟免許を持たない一般の人も、講習会に参加することで駆除が可能に。
あほ研主催、講師を招き「ニュージーランド外来種駆除ゼミ」
  9月 環境省が前年より11ヶ月早く駆除を開始。従事者は154人(前年22人)。奄ほ研も駆除に協力。 奄美・マングース・プロジェクトを立ち上げ、啓蒙ポスターや当ウェブサイトを作成。 捕獲方法や問題点等について、従事者にアンケート調査を始める。
  12月 ポスターを配布。協力=奄美空港、奄美博物館、東京恩賜上野動物園、奄美野生生物保護センター 募金チラシを配布。 シンポジウム『新・生物多様性国家戦略を考える』(東京=会員が出席)と、環境ネットワーク奄美・薗博明氏をパネリストとするシンポジウム(東京)にて。



 
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